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2005'11.04 (Fri)

ファインスタインとレヴァントとガーシュイン

まだまだ続く音楽ネタ。いつまで続くんでしょうか。自分でも謎。
オスカー・レヴァントの曲が入っているCDとして紹介したマイケル・ファインスタインについて、彼がガーシュインに非常な愛着と知識があるらしいことは知っていたけれど、そういえば彼とレヴァントって何か繋がりがあるのかなあと思って調べてみたら、面白いことがわかりました。
彼がアイラ・ガーシュインの助手をしていたということは以前から知っていたけれど、そのきっかけにはレヴァントが絡んでるんですね。そのいきさつが面白かったので、順を追って説明するために彼のバイオグラフィーを紹介します。
ファインスタインは少年時代からピアノを弾くのと古いレコードの収集が趣味で、アル・ジョルスンだのビング・クロスビーだの1930~1950年くらいの時代のレコードを買い集めていたそうな。彼は1956年生まれなので、自分が生まれる前の音楽にはまってたわけですね。渋い少年だなあ。そして15のときにTVでガーシュインの特集番組を見てガーシュインにはまったそうです。
高校卒業後はバーや結婚式でピアノを弾いたりしつつ暮らしていました。父親が仕事の都合でオハイオからカリフォルニアに引越すのについていったのが彼の転機となります。そこでもピアノ弾きの仕事などをして過ごしていましたが、ある日、ハリウッドの中古レコード屋でオスカー・レヴァントの貴重な録音盤を見つけます。店員さんによるとそれはレヴァントの死後、家族が遺品を処分するときに売りに出されたものだとか。その話に興味を持ったファインスタインはレヴァント夫人に会う約束を取り付けます。会って話を聞くとそれは間違って売りに出してしまったものだったとわかりました。ファインスタインが亡き夫の経歴や仕事に詳しいのを知って、夫人は彼に遺品の整理を手伝ってもらえないかと頼みます。ファインスタインは報酬の代わりにアイラ・ガーシュインに紹介してくれと頼んだそうな。ちゃっかりしてるねえ。
そのときアイラは高齢で体調もよくなくて、会う人も限られていたみたいです。でもレヴァント夫人はアイラに彼を会わせることに成功します。彼がガーシュイン時代の音楽に詳しかったことが功を奏したようです。アイラもそれに感銘を受けてすぐに彼を助手として雇います。そして、1977年から1983年までそこで働きました。楽譜や録音物の整理とカタログ作りが基本的な仕事でした。アイラ・ガーシュインはこれらを米国議会図書館に寄付するつもりでいて(たぶん自分の死後に遺品が散逸しないために)、そのための目録作りが目的だったということなんでしょう。ファインスタインはガーシュイン家にいる間は内輪のパーティでときどき演奏するくらいでまだ音楽の仕事に本格的には取り組んでいなかった模様。でもこの期間にエンターテイメントの世界の人々との人脈ができて、それが後の活動に繋がることになります。人脈以外にも、ガーシュインに関する知識だけでなく、ガーシュインと同時代の音楽にも深く接することができたのも大きかったようです。ガーシュインと同時代に活躍したソングライターと知り合いになったりもしたそうです。
ファインスタインはアイラ・ガーシュインの助手の仕事の傍ら、ミュージカルの仕事にも関わります。1982年に"My One and Only"という過去のガーシュインの曲を拾い集めたブロードウェーのショーにコンサルタントとして参加したんだそうな。ファインスタインは最初は喜んでたけれども、何かとストレスの溜まる仕事だったみたいで、舞台の出来栄えにも満足はできなかったようだけど、初演は成功しました。実はこの舞台のサントラCD持ってるんですが、確かにファインスタインの名前があって、あれ?と思っていたので、これを読んで納得。
B000002IGJMy One And Only (1983 Original Broadway Cast)
Original Broadway Cast Recording
Atlantic 1989-05-19

by G-Tools

ファインスタインとアイラ・ガーシュインは雇い主と雇われ人という関係に留まらず、友情を育んだようです。ファインスタインはこの6年間を夢のような時間だったと語っています。そりゃ小さい頃から好きできっと雲の上の人のような存在だった人と親しくできたんですから当然でしょう。
アイラの遺言でファインスタインは遺著管理者になりました。未発表曲集を出すなど進行中の企画があったので彼は仕事を続けるつもりだったのですが、アイラの奥さんの反対で止められてしまいます。最終的には合意に達して企画は再開されるんですが、それまでの間、生活のためにファインスタインは演奏活動を再開することにします。最初は内輪のパーティなどで演奏してましたが、彼はガーシュイン家にいる間にライザ・ミネリと親しくなっていたので、彼女に連絡すると、彼女のステージの伴奏に呼ばれて、それが次の仕事に繋がりました。批評家にも受けがよく、アルバムも発売し、その後数多くのCDを発表しています。グラミー賞にもノミネートされてます。大統領のパーティにも招待されて演奏したとか。
で、参考にした資料の最後に、何故か彼はゲイであることを公表しているとかそんな話題が。何で急に?と思ったらそっち系のサイトだったらしい。勝手なイメージでおばさま受けがよさそうなのかなあとか思ってたら、そっち方面の人だったのね…。

こうやって見ていくと、ただガーシュインをたくさん歌ってるだけの人じゃないんだ、ということがわかりました。そうか、そんなに深く関わってたのか。今までどういう経緯でアイラの助手になったのか知らなかったんだけど、詳しく知るとなんだか親近感がわくな。なんかもっと凄いツテでもあったのかと思ったら、ただのガーシュイン・マニアだったのね。オタクも極めるとここまでなれるのか(褒めてます)。でも考えてみればそのときファインスタインはまだ20歳だったわけで、それでレヴァント夫人やアイラ・ガーシュインに認められるくらい知識があったってのは凄いなあ。
こちらのインタビューではオスカー・レヴァントに影響を受けたと言ってますね。レヴァントの活躍をリアルタイムで知ってるかどうかは微妙な年かなと思ってたんだけど、小さい頃から好きだったらしい。最近出たバンド・ワゴンのDVDの特典映像でファインスタインはライザ・ミネリと一緒になんか喋ってるらしいし。うーん、気になるなあ。んで、オタクっぷりもしっかり紹介されてます。相変わらずレコードや楽譜の収集は続けてるらしい。そうか、コレクションのために家一軒建てちゃうくらいなんだ。
ここでも語ってます。この楽譜の初版はレアでねえ、というのもこういう理由で…とか何とか。やっぱりオタク?

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