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2006'12.18 (Mon)

ガイドツアーに行ってきた

日曜日に堺市文化館アルフォンスミュシャ館のガイドツアーに行ってきました。
集まったのは30人強くらいかな?多すぎず少なすぎずちょうどいいくらいの人数だったかと。若い人からご年配の方までいろいろでしたが全体的には年齢層高めかと。
全体説明は1時間半ほどでした。入り口から順番に作品の解説など。
以下、聞いた話をだらだらと書いてみます。


【More・・・】

ポスターの視覚効果というのについて説明があって、なるほどと納得してました。言葉で説明するのは難しいんだけど、視線の動きを研究してるということらしい。
また、ミュシャに限らず、絵画表現というのは過去の伝統にのっとっているものが多いという説明も。なんでもかんでもパクリと思うんでなく形式のひとつとして捉えるべきものもあるということを私も前々から思っていて、そうだよね~と納得してました。
サラ・ベルナールの一連のポスターについて、6年間の独占契約を結んでいたという話。その間、他の商品のポスターは作ってもいいけど、演劇に関してはサラ以外の人のポスターを作っちゃ駄目よという契約だったんですね。サラはミュシャのポスターが自分にもたらすメリットを見抜き、他の女優のポスターを作らせないことでその価値が高まると考えていたと。6年間の契約については知ってたけどそこまで思い至っていなかったので新たな発見でした。
サラがミュシャを気に入った理由は具体的にはわからないんですが、何かで読んだ話では、既に50歳を過ぎていたサラを写実的にそのまま描くのではなく、確かにサラの顔なんだけど実際よりも若く美しく描いたところが気に入られたのではないかということでした。イメージ戦略というやつでしょうか、サラはメディアを活用した最初の人物と言われているそうです。宣伝広告の効果というものを非常に重視していたとかなんとか。もちろん、それ以前の王侯貴族の肖像画だとか教会関係の宗教画なんかにもそういう意図はあるんだけど、個人レベルでやった人がはじめてってことなのかな?
他にも花やモチーフに込められた意味合い(主にキリスト教的な意識?)とか、実際のところどこまで深読みしていいものか怪しいところもあると言いつつも、そういう見方もあるのかも、と思うのは面白いです。たとえば花の連作は、最初に百合とアイリスが作られた、その二つの花はマリアのイメージだ、とか、その後にできた薔薇とカーネーションは愛のイメージ、とか。かなりはしょって書いてるので意味不明かもしれないけど、なんとなくでも伝われば嬉しいです。
そして、パリ時代の華やかなポスターの中にもスラヴのモチーフが見え隠れしているというのが面白い。サロンデサンのミュシャ展ポスターなんかはスラヴの民族衣装に身を包んだ少女が描かれていてわかりやすいんだけど、それ以外の一見なんでもない装飾パネルにもしっかり織り込んでいるんですね。ミュシャはポスターとして広告主の意図を織り込んだり、装飾パネルとして人々の目を楽しませたりするのと同時に、自分の祖国の存在をアピールもしていたと。
チェコ時代のポスターによく使われる色について、赤白青はスラヴの色だという話も。チェコの国旗はその3色で構成されていて、それぞれの色に意味があるそうです。他にもスヴァントヴィトとかスラヴィア、チェヒアなど、チェコ時代の絵には繰り返し出てくるモチーフがあるということ。金髪の巻紙と太陽、三つの顔を持つ神秘的な存在、強い眼差しの少女など。こういうのは部外者の日本人が見てもぴんとこないけど、チェコの人にはすぐにわかるものなんだそうです。
最後の質問コーナーでは色々とぶっちゃけトークもあって面白かったです。アレが○○されてたなんて…。アレを○○するためにそんな手を使っていたとは…など、公表できないようなことを聞いてしまいました(笑)
ガイドツアーの後はずっと学芸員さんに張り付いていたわけではなくて、展示室内をうろうろしながら、ときどき他の人の質問に応えているところに通りかかって話を聞いたり、そんなことをしていたら何時の間にやら閉館間際に。始まったのは午後2時なのに、気が付いたら3時間近く経過してました。
最後にお土産もらって帰りました。お土産はポスター、パンフレット、招待券、あと堺の観光マップ(笑)と晶子てぬぐい。紙袋もミュシャの絵と与謝野晶子の写真入りです。招待券は一人用チケットが2枚と、2名様までご招待のチラシっぽいやつが2枚入ってました。こんなに貰っても使えないわ。誰か行きたい人がいたら差し上げますよ~。

今回聞いた話で長年の疑問がひとつ解決しました。
メディアの足元に転がってる子供(たぶん死体)、上半身と下半身がえらく不自然な方向を向いてるなと思ってたんですが、あれは一人ではなくて二人の体なんだとか。つまり上半身と下半身は別人だったと。こんな勘違いしてたのは私だけでしょうか。メディアの物語が元々どんなものだったのか正確には知らないのですが、サラ・ベルナールの舞台はその翻案版で、自分の夫の子供(つまり自分の子供)を、夫の不実を理由に殺めてしまうという悲劇です。その子供が二人いたわけです。
前日にオルセー展で見たマチェックの預言者リブザについても聞いてみた。どうもあれはリブシェと呼ぶ方が正しいっぽい。リブシェなら聞いたことあるよー。ミュシャも描いてるし。
マチェックとミュシャは同郷というだけでなく親しい間柄だったみたいで、ミュンヘン時代に美術学校で出会って一緒にパリへ出てきたらしい。青い画面は同時代の象徴主義の影響で、リブシェというモチーフはチェコつながり、装飾に関しても同時代の流行ってのが関係あるかも知れないし、ミュシャとマチェックの間で直接の影響があったかどうかはなんともいえなさそうです。どちらかがどちらかに影響を受けたというよりは、ふたりともその時代の表現形式に影響を受けているだけなのかもしれないです。
リブシェっていうのはチェコの歴史上の人物。プラハを作った人だとか。実在の人物なのか伝説上の人物なのかは不明。19世紀にはオペラにもなったようです(スメタナ作曲)。気になる人は「リブシェ プラハ」で検索してみよう。
ウミロフミラーについての小ネタもひとつ。あの鏡は少し歪んでいるらしく、正面に立って自分を映してみると痩せて見えるとか?是非一度お試しください。ちなみにウミロフミラーというのは仮の名前で後から正式名称を付けるつもりだったのに気が付いたらその名前が浸透してしまって今に至るそうです。それからウミロフってのはこの鏡を作らせた人の名前。ウミロフさんちに飾ってあったからウミロフミラーとなったわけです。

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Edit |  23:55 |  ミュシャ一般  |  TB(0)  |  CM(2)   このページの上へ

Comment

ガイドツアーお疲れさまでした&レポありがとうございます。あとメールの件は、かえって気を使わせてしまい申し訳ありませんでした。
結構濃い内容だったようで、お土産ももらえてよかったですね。ウミロフミラーは、今度行った時ぜひ試してみます(笑)
スラブのモチーフの事や、サラ・ベルナールのエピソードなどはとても興味深いです。
サラは演技はもちろんでしょうが、自分をプロデュースする能力にも相当長けていたんですね。
影千代 | 2006年12月21日(木) 23:24 | URL | コメント編集

>影千代さん
サラベルナールは調べ始めると面白いですよ。
実際の演技を見ることはできませんが、
残した伝説だけでも本当に凄いです。
影千代さんが前回堺へ行ったときにどうだったかわかりませんが、
現在は館内各所に絵の説明を書いた紙が置いてあるので、
ガイドツアーでなくてもある程度は今回聞いたような説明を読むことができます。
書かれたものを読むよりも話を聞く方がわかりやすいですけどね(^^;)
Ira | 2006年12月22日(金) 23:22 | URL | コメント編集

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