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2007'05.28 (Mon)

ライブラリーにリベンジ

さて、六甲アイランドで過ごす一日の締めくくりはファッション美術館併設のライブラリーへ。前回読めなかった本を読もうと頑張ってきたけどやっぱり英語の本は辛いわ。辞書がいるな。あと、時間も必要。
読みたかったのはプラハのアールヌーヴォーの本で、ミュシャとマチェック(マシェク)のことが書いてある部分が気になってて。結局あんまり理解できてないけど、プラハに戻ったミュシャに対してプラハ(チェコ?)の美術界はあまり寛容でなかったようで。という話は前にも聞いたことあったけど、プラハの建築と産業見本市展のポスターのコンペにミュシャも応募するんだけど、ミュシャは落選してマチェックが選ばれたんだとか。当時マチェックはプラハのどこかの学校で教授か何かをやってたから選ばれたんじゃないかとかミュシャは不満を持っていたというようなことが書いてあったような気がするけど私の記憶と英語読解力はあまり確実でない。そのマチェックのポスターの図版が掲載されてたけど、ちょっと地味かなあ。オルセーにあるリブザ(リブシェ)はすごーく印象的な作品なんだけどね。ミュシャのは下絵が残ってるけどなかなかかわいいです。
ロダンのこともそこそこページを割いてあった。プラハでロダン展をやって美術界の人には歓迎されてたみたいだけど一般大衆には難しすぎてあんまり理解されてなかったんじゃないかとかそんなことが。ミュシャも一緒に写った写真が載ってた。
残り時間が少なかったけど、せっかくだから他の本もチェックしておこうとアールヌーヴォー関連の本が並んでるところから適当にピックアップしてみた。古そうな本があっていつのだろ?と思って奥付を見たら1959年とあってびっくり。アメリカのモダンアート美術館での展覧会らしいんだけど、1959年って!1960年代からアールヌーヴォーが再評価され始めたと聞いたことがあったけどもしかしてこれは物凄く早い段階の展覧会だったのでは。さすがに古い本なので写真はモノクロだったけど、ジャポニズムの話とか象徴主義絵画とかナビ派とか後期印象派とかが載ってた。詳しく読んでる余裕はなかったのでどういう言及のされ方だったのかは不明なんだけど気になるわ。オスカーワイルドの小説からの引用が巻頭にあった。"All art is at once surface and symbol." (Oscar Wilde: The Picture of Dorian Gray)と。
他にもカタロニアのアールヌーヴォーの本とかロシアのアールヌーヴォーとか(フランス語だったりスペイン語だったりするので読めないから推測)イスタンブールとか色々あって面白かったな。文章は読めないから写真を眺めるだけですが。アールヌーヴォーって表記に目を奪われてて気付くのに遅れたけどユーゲントシュティルの本もあったよ。そっちも見とけばよかった。
これで最後で帰るつもりだったけど、駅へ向かう途中にあるスタバの前で路上ジャズライブがあるとかでちょうど始まる時間だったので聞いてきました。
07-05-27_18-49.jpg

どういう人たちなのかは謎だけど若い男の子のカルテット。ドラムとベースとサックスとギター。40~50分くらいで4曲やりました。モダンジャズは1曲あたりの演奏時間が長いよ…。最初の2曲は何て曲かわからなかったけど後の2曲はマイワンアンドオンリーラブとカンタループでした。けっこう上手だった。
ドラムとベースは出ずっぱりで大変そうだなあ。体力消耗しそう。けっこうベースが目立ってた気がする。サックスは出たり引っ込んだり。最後は気合入ってた。こっちも息詰めて聴いちゃったよ。ギターは一番楽そうに見えたけどミスったら目立ちそうだし、それぞれに大変なところはあるんでしょう。って何を見てるんだか。つい演奏する方の立場を考えてしまうのは悪い癖だ。
ところで昨日書き忘れたことを追記。

【More・・・】

「日本近代洋画への道」で見た山本芳翠の経歴について、ジュディット・ゴーティエと交流があっただけじゃなくて、ジュディットの父、テオフィル・ゴーティエ(ゴーチェ)やヴィクトル・ユゴーとも知己だったらしい。凄い。10年くらいパリにいたらしいけど、在欧時の作品の多数が運搬船の沈没で失われてしまったというのがもったいない。
山本のパリ時代の友人として西園寺公望という人(後の首相らしい。知らんけど)が出てくるんだけど、この人が林忠正、ゴンクールといったアールヌーヴォー史には欠かせない人物と繋がりがあったりして人物相関図が面白いです。山本芳翠とミュシャには繋がりがなかったんだろうかと期待したけど、山本のパリ滞在が1886年まで、ミュシャがパリに出てくるのが1888年だからすれ違いなんだな。残念。でもミュシャはジュディット・ゴーティエと繋がりがあるし、間接的には繋がってる?山本に師事した藤島武二はミュシャの影響受けまくりな時期があったわけですが、逆に山本の何かがミュシャに影響を与えてたら面白いのになあ。
ところでこの山岡コレクションってここ何年か全国各地を巡回してまわってるんですね。会場によって展示内容は微妙に異なるようで、多いところでは170点くらい展示されてたみたい。神戸は88点でした。神戸では「高橋由一から黒田清輝、青木繁まで」という副題だったけど別の会場だと「高橋由一から藤島武二まで」だったりする。岐阜だと「高橋由一から山本芳翠と熊谷守一まで」になってて地元びいきです。神戸はなんで黒田清輝と青木繁までになってるんだろ。このあと広島にも巡回するようで、そこでは山岡コレクション50点+ひろしま美術館所蔵品50点でやるんだって。
他会場の図録ってどんなだったのかなあ。神戸のは神戸用に編纂されたものだったけど、他会場用でもっと充実した内容のがあるんなら欲しいなあ。
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