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2009'07.18 (Sat)

歴史秘話ヒストリアで外骨

ちょっと前の話になるけど、このブログで宮武外骨を取り上げた記事へのアクセスが増えてて(うちのブログ全体のアクセス数は微々たるものなので増えても大した数じゃないんだけど)なんだろうと思ったら、NHKの「歴史秘話ヒストリア」という番組で宮武外骨を取り上げてたことを知った。再放送があったので録画して見た。
あ、赤瀬川源平さんだ!外骨の甥っ子さんも出てた。
伊丹の美術館で見た展覧会が激しく充実してたので、そのときの楽しさに比べるとインパクトは弱いけど、知らないこと(または忘れちゃった?)も幾つかあったし、楽しめた。古い資料映像が興味深かった。
展覧会では滑稽新聞とかのわかりやすい部分を大いに楽しんで後期の活動はさらっと流してきたので、よく知らなかった部分(大逆事件で死刑になった人と親しかったとか)を知るにつれ外骨が長生きできたのってかなり運がよかったとしか思えないなあと感じた。
無邪気に楽しむだけじゃなくて、第一次世界大戦から第二次世界大戦の頃ってそういう時代だっだんだよなあ…ということを忘れないようにしないと。特にその時代の美術を好んで楽しんでる自分としては、その裏側にはそういう時代背景があったってことは心しておきたい。
今って幸せだよね。ちょっとやそっとの言論じゃ逮捕されたり死刑にされたりしないもん。もちろん全くどこでも自由に言論できるかっていうとそういうわけでもないんだろうけど。
展覧会ではもう少し美術的な視点から外骨の功績を見るような内容だったけど、NHKの番組は歴史の中で外骨が果たした役割のようなものにより重点を置いてる感じだったかな。知ってる人は当たり前のように知ってることなのかもしれないけど、大逆事件すらまともに知らなかった私としては勉強になったわ。(言い訳するなら高校では世界史選択だったんだもん!その世界史も成績は最悪だったけど…)
美術の世界のことは、当たり前だけどその時代の文脈の中で捉えないとわからないこともたくさんあるわけで、こうやってブログがきっかけで知る機会を得ることができたのはありがたいことだ。そして、そんな時代の記録を後世に残そうとして活動した外骨にも感謝。

【More・・・】

外骨についてちょっと調べてみたらこんなブログを発見。
『エロスの原風景』の裏庭風景5~7・宮武外骨とプランゲ、ついでに私
この裏庭風景シリーズが面白いんだけど、このエントリのテーマからどんどんずれてっちゃいそうだな。とりあえずリンクを置いておきます。タイトルがちょっとアレなのがあるけど、そんなにぶっとんだ話じゃないです。これを読むといろいろと考えさせられる。
1.エロというもの2.黙殺される存在3.見えない歴史4.チンコ展
これを読んで思い出したんだけど、最近、浮世絵の春画が流行ってる?大型書店のアートコーナーに行くと平積みとか面陳列になってるのをちょくちょく見る。私が春画の存在を知ったのは小説現代だったかそんな系の本のグラビアページみたいなのだったような気がする。たぶん私が高校か大学生の頃だったと思うけど、当時西村京太郎が好きで小説目当てで知人からお下がりでもらってきた雑誌で、中にはちょっとオトナ向けな内容もあったような。記憶が怪しいのでもしかしたら親が買ってた別の雑誌だったかも知れない。アート系の書籍として堂々と書店に並ぶようになったのっていつからなんだろ?
春画の描き手といえば歌麿とか北斎とか暁斎とかがいるし、そういう名前がついてればなんとなく高尚に思われて手に取りやすいのかなと思うけど(もちろんそれでもまだまだ「裏」のイメージが強いだろうけど)、それより新しい時代のエロネタってやっぱりちょっとキワモノ扱いされがちなんだろうなあ。アングラ系の本とかサブカルチャー系の棚に置かれてそうなイメージがある。出版文化史の中のひとつとして捉える視線というのはなかなか同時代のものに対しては難しいんだろうなあ。そういう意味で同時代または少しだけ時代を遡った頃のものをきっちり保存していこうという人には頭が下がる。エロとはまた違うけど、私が興味を持ってるポスターや広告の分野も量産されては日々忘れ去られていっている存在だし。ただしエロと事情が違うのは、その存在をネガティブに捉えて積極的に抹消しようとする人がいるわけじゃなくて、価値を感じて積極的に残そうとする人が少ないだけなんだけど。
個人コレクターっていうのは色んな分野にいるんだろうけど、その人が亡くなった後に保存されるかどうかはわからないし、何が残されるべきなのかということを考え始めたらきりがないし、国として何をすべきなのかというのを考えるのは難しいなーと思う。公立の美術館の収集行為に対しても特に一般的にはまだ評価が定まってないような分野に対しては税金の無駄遣いだ!とか言う人もいるくらいだし、世間の理解を得るのも大変そうだ。ただ、なかったことにするのはやっぱり何かが違うと思うし、もっとおおらかにいこうよ!とは思うかな。実際に自分がそういうことを人前で堂々と語れるかどうかは自信がないけど…。(弱気)
なんだかまとまりがない文章になっちゃったけど、最後にひとつ。歴史っていうのは色んな人の思惑が絡んで記録に残らなかったことがたくさんあるんだろうな。たかだか50年か100年くらい前のことでも、当時は一般的に知られていたであろうことがこうやって曖昧になりつつあるんだもん。残ってる記録だってどこまで信じていいのかわからない。色んな方向から眺めて真実らしいことを史実として捉えるしかないのかもしれない。そして自分自身がそういった文献や証拠に直接当たれない限りは他人が判断したものを受け取るしかないんだろうな。万人が研究者にはなれないから、せめてそういう自覚を持っていたいな。と、なぜかスケールの大きな話で締め括る。
4780801265エロスの原風景─江戸時代~昭和50年代後半のエロ出版史
松沢 呉一
ポット出版 2009-07-01

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