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2010'07.22 (Thu)

スラヴ叙事詩の行方はまだまだ混迷中

*注意*以下の文章はチェコ語や英語で書かれた記事を一個人が適当に翻訳・読解したものです。私の解釈が間違っている可能性もあるので鵜呑みにはしないように。(グーグル翻訳で英語化して読んでます。チェコ語が読めるわけじゃない)

前回までのお話:スラヴ叙事詩をプラハで展示するためにモラフスキークルムロフ城から撤去?→ミュシャ財団が反対→裁判だ!
今回のあらすじ:ミュシャ財団の訴えは裁判所に却下された→モラフスキークルムロフでの展示は7/15で終了→今後はどうなる?

ツイッターの方でこれはと思った情報は随時紹介して、不確定要素がなくなってからブログにまとめようかなーと思ってたんだけど、なんだか曖昧なまま事態は進行してるようなので、とりあえず現時点のまとめ。まとめてる最中にも次々と新しい情報が入ってくるんだけど、決着を待ってるときりがないし。
参考にした記事がたくさんありすぎてどこでどの情報を読んだのかあやふやなので、とりあえず最近の記事を貼っておく。ここ数ヶ月の流れは関連記事としてリンクがあるので興味があったら遡って読んでみてください。
http://brno.idnes.cz/az-muchova-epopej-zmizi-z-krumlova-ve-meste-uz-nic-nebude-pzf-/brno-zpravy.asp?c=A100714_200820_brno-zpravy_dmk

さて、前回話題にしたミュシャ財団が裁判所に訴えを出したという件は却下されて終了。裁判がらみの記事も色々出てたけど紹介してるときりがないので省略。
現状ですが、プラハ市とモラフスキークルムロフとの間の契約は6月末で終了だった気がするんだけど7/15をもってモラフスキークルムロフ城での公開は終了。でもまだ作品は移動してません。7月末に移動予定。非公式だけどお城はオープンしてるので作品がある限りは行って見られるかも?という話を見かけた。(適当だなー)
プラハ市がスラヴ叙事詩を取り返すということが話題になって以来(今年の4月ごろ?)スラヴ叙事詩を見ようと人が殺到していたみたいで、特に最後の方は大混雑だった模様。現地ではさよならコンサートをやったり、Facebookで反対運動をしたり学生がデモをやったりとか、色々盛り上がってたようで。
反対運動に関しては、モラフスキー~のえらい人(市長?町長?)は気持ち的に抵抗はあるけど強固に反対するつもりはない様子。ニュース記事を見る限りスラヴ叙事詩がモラフスキー~を去るのはほぼ確定のようで。
この後、プラハ市とモラフスキー~との間で補償の話とかがあって、7月末頃から移動作業に着手、という流れらしい。(スラヴ叙事詩の所有権はプラハにあってモラフスキー~に貸し出していたものを期日が来たので返してもらうだけなんだけど、当初その契約は一時的なものだったはずが何度も更新され続けて50年もの月日が過ぎて、スラヴ叙事詩はモラフスキー~にとって大事な観光資源になってたし、50年近くの間には暗い時代もあったけど大事にスラヴ叙事詩を守ってきたという功績もあるので、プラハ市としてもそれには報いようとしているみたい?でもスラヴ叙事詩による経済効果がなくなると地元には大打撃のようで、補償できるものなんだろうかという懸念もある。)
そして現時点では9月末ごろからプラハ国立美術館の見本市宮殿で公開される予定になってる。スラヴ叙事詩は1928年に全作品が完成して一般公開されたんだけど、それがこの見本市宮殿で時期は10月だったそうなので(「生涯と芸術」展の図録参照)、そのタイミングに合わせて、ミュシャの生誕150年記念とも合わせてプラハで公開したいというのがプラハ市の意向らしい。
ただし展示期間は8ヶ月。その後どうなるかについてはまだまだ不確定要素がいっぱい。ミュシャ財団が要求してるスラヴ叙事詩展示用の専用施設を建てろ!というやつは、プランだけは何種類か出てるみたいだけど確定はしてないらしいし、1年足らずでできるものでもないだろうし。キーワードとして2015年というのを何度か見たので、その頃を目処に建設しようとしてるのかな。
とりあえず2015年まで見本市宮殿に残るみたいなことが書かれてる記事を見かけたけど、その場所は8ヶ月間の展示期間の後は別の企画が入ってるからスラヴ叙事詩を全部揃って展示するスペースはないという話を以前どこかで見てたので、最悪、展示ではなく所蔵ってことでしばらく雲隠れすることになるのかなー。それとも何かしら調整して少しずつでも展示することになったのかな?この辺は記事をうまく読み取れてないので推測で語ってます。
http://www.rozhlas.cz/zpravy/spolecnost/_zprava/zapujcka-muchovy-epopeje-moravskemu-krumlovu-konci--759575
プラハでの期間限定展示の後に絵画の修復作業に入るという話もあったけど、状態は悪くないから修復は不要?という話も。これは単に当面はって意味なのかそれとも…。
http://www.mediafax.cz/kultura/3069666-Slovanska-epopej-je-v-dobrem-stavu-restaurovat-se-nebude
9月って結構すぐ先のことだと思うんだけど、直前までこんなに不確定要素が多いものなんだろうか。お国柄?(チェコの国民性はよく知りません)
ともかくプラハ市とモラフスキークルムロフの間での契約は終了。モラフスキー~側も合意して、来週の月曜日には作品の運び出し作業が始まって、8月中には全部プラハに持ってくという話になってるみたい。
http://www.praguemonitor.com/2010/07/21/muchas-paintings-be-prepared-prague-monday
しかし、いつの間にかミュシャ財団が二度目の裁判を起こしてたらしく、でもまた却下されて(これがこの記事をアップする時点での最新情報)、それでもまだ諦めてなくてスラヴ叙事詩のスポンサーだったクレイン氏の遺族と連絡を取っただのユネスコの知り合いと話をするだとかまだまだ予断を許さない状態だったりする。
http://www.rozhlas.cz/zpravy/spolecnost/_zprava/potomci-alfonse-muchy-se-chteji-soudit-o-slovanskou-epopej--761127
財団側は見本市宮殿は展示場所として適してない!夏は摂氏50度を超える!と言ってるけど、プラハ市側はそもそもモラフスキークルムロフのお城だってひどい状態だと反論してたり(これは日本から見に行った人もそう話してたのでその通りなんでしょう)。財団が主張してる移動で作品が傷むという話に対しては過去に何度か展覧会のために作品の移動をしてるし大丈夫とか(20枚のうち1枚とか2枚という規模だけど)。どっちの意見が信頼できるのかなあ。よくわかんない。ミュシャ財団の意見を鵜呑みにはできないし、プラハ市も80年以上もほったらかしにしておいてこの期に及んで一時的な展示だけしか決めてないのかよって気持ちもあるし。
http://tn.nova.cz/zpravy/domaci/soud-opet-zamitl-zadost-o-predbezne-opatreni-ke-stehovani-slovanske-epopeje.html
http://hn.ihned.cz/c1-45063030-soud-rozhodl-epopej-se-stehuje-do-prahy
http://www.radio.cz/cz/clanek/129980
プラハ市が事を急ぐのは選挙のための人気取りじゃないの?なんて穿った見方もあるらしい。
http://businessneweurope.eu/storyf2209/VISEGRAD_An_Epic_battle_in_Prague
ここ数年の経緯がまとめられた記事があったので最後に貼り付けておく。(後半はミュシャ財団の意見が…)
http://www.radio.cz/fr/article/130060
ごたごたに巻き込まれるくらいなら南モラヴィアの片田舎にそっとしておいて…と思わなくもないけど、あのお城にも問題があるみたいだしなあ。難しいわ。と日本の片隅で勝手に心配してる私も暇だな…。
とにかく、スラヴ叙事詩にとってよりよい状況になりますように。

【More・・・】

補足として、三者三様の思惑が入り混じってるのでまとめてみる。
プラハ市:1928年にミュシャからスラヴ叙事詩を寄贈されるも長年お蔵入りさせてきた。数年前からミュシャ財団との間でスラヴ叙事詩展示用施設をどこに建設するかという議論を交わしてきたらしいがなかなかまとまらず。突然今年になってスラヴ叙事詩をプラハに持ってく宣言。ただし一時的な展示プランしかなく、その後の計画は白紙に近い状態。
モラフスキークルムロフ:戦時中プラハ市のどこかに隠されていたスラヴ叙事詩は1950年代にミュシャの生地に近いこの地域に避難。湿気等で傷んでいた作品を修復し、1963年以降ずっとモラフスキークルムロフ城で展示してきた。スラヴ叙事詩はプラハ市の持ち物で、一時的に借りているという形だったらしい。そして賃貸契約は何度も更新され約50年経った。現地の人にとっては大事な観光資源だし、見学料だけじゃなく食事や宿泊といった形でお金を落として行ってくれるので、スラヴ叙事詩がなくなったら地域経済には大打撃。年間2万人の集客だったらしい。50年間作品を大事に守ってきた自負もある。ただし展示環境としてはあまりよくないという意見もある。建物はだいぶ劣化してるらしいし。
ミュシャ財団:ミュシャの遺族というだけでスラヴ叙事詩に対して何の権限もないらしいけどミュシャの遺志を尊重するようにと色々と口を挟んでる様子。プラハにスラヴ叙事詩を置くことには賛成。将来的にはそれを望んでる。でも現状、恒久的かつ適切な展示施設もない状態でプラハに移動させることには反対。裁判で移動を差し止めようとしている。

おまけ:
スラヴ叙事詩展示施設の建築プラン?大胆なデザインがいっぱい。
http://bydleni.idnes.cz/architekti-chteji-muchovu-epopej-vystavit-v-podzemi-pod-vitkovem-1cw-/architektura.asp?c=A100420_110146_architektura_web
2008年11月の記事。現在日本を巡回中のミュシャ展に協力してるミュシャの孫の一人、ヤルミラさんのスラヴ叙事詩の展示場所に対する見解。ミュシャ財団のジョン氏とほぼ同じような言い分?(この人がどう思ってるのか個人的に気になってたので…)
http://brno.idnes.cz/vnucka-alfonse-muchy-chce-nechat-slovanskou-epopej-v-moravskem-krumlove-14w-/brno-zpravy.asp?c=A081112_180907_brno_dmk
2009年7月の記事。スラヴ叙事詩を再現してみました。ちゃんと作品は地元に愛されてたのかな。
http://brno.idnes.cz/obrazem-muchova-slovanska-epopej-ozivla-ff4-/brno-zpravy.asp?c=A090725_1229804_brno_krc
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Comment

●スラヴ叙事詩

こんにちは。7月頃コメントさせていただいたヤコです。
先日、チェコへ行ってきました!行く前にメールをしてみても梨の礫でプラハで聞くしかないと思い
ミュシャ美術館で聞いてみたところモラフスキーで見れるよと言われたのでいってきました。

無事、モラフスキーで見ることができました。行くまでの道のりがややこしくて挫けそうになりましたが…。
でも、足を運んで本当に良かったです。本物を見たときは涙が出ました。圧巻です。
受付で日本語の解説書を借りてほぼ一人でじっくり見ることができました。

こちらで情報を何度も確認させていただきました。本当にありがとうございます。
またミュシャの情報を見させていただきます^^
ヤコ | 2010年09月27日(月) 10:48 | URL | コメント編集

●よかったですね

ヤコさん、こんにちは。
ご報告ありがとうございます(^^)
あれからどうなったのかなーと気になってたんですよ。
見ることができてよかったですね!
スラヴ叙事詩の移動話はなんだか長引いてるみたいですが、
一応モラフスキークルムロフのお城はオープンしてるんですね。

こんな状態だと旅行者も計画を立てづらいでしょうし、
早くすっきり解決して欲しいものですが…。
Ira | 2010年09月27日(月) 23:17 | URL | コメント編集

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